(出典 www.spicomi.net)


ゴーンさん強いな( ´∀`)

1 ばーど ★ :2020/01/16(木) 16:33:30.95

日本から逃亡してレバノンで記者会見を開いたゴーン氏に対して、森雅子法務大臣が放った一言が、国際社会で「日本の司法制度の欠点を表している」と物議を醸している。この一言で、日本vsゴーンの第1ラウンドは、「日本の惨敗」が決定的となった。(ノンフィクションライター 窪田順生)

■森法相の「失言」に日本の司法の本質が出ている

ゴーンvs日本の第1ラウンドは完全に日本の負け。それを決定付けたのは、なんと法務大臣の「大失言」だった Photo:JIJI

世界が注目した日本vsカルロス・ゴーン。その第1ラウンドは完全にこちらの「惨敗」のようだ。

メディアの注目がマネロン疑惑へ向かわぬよう、日本の司法制度をこれでもかとディスった“ゴーン劇場”。それを受けて、珍しく迅速にカウンターを打った日本政府だったが、森雅子法務大臣がドヤ顔で「ゴーン被告は司法の場で無罪を証明すべきだ」と口走ったことが、国際社会をドン引きさせてしまったのである。

逃亡を許した途端、大慌てでキャロル夫人を国際手配したことで、全世界に「へえ、やっぱ日本の捜査機関は好きな時に好きな罪状をつくれるんだ」と印象付けたことに続いて、ゴーン氏のジャパンバッシングにも一理あると思わせてしまう「大失言」といえよう。

実際、森法相が「無罪の主張と言うところを証明と間違えた」と訂正をしたことに対して、ゴーン氏の代理人がこんな皮肉たっぷりな声明を出している。

「有罪を証明するのは検察であり、無罪を証明するのは被告ではない。ただ、あなたの国の司法制度はこうした原則を無視しているのだから、あなたが間違えたのは理解できる」(毎日新聞1月11日)

つまり、ゴーン陣営が国際世論に対して仕掛けた「日本の司法制度はうさんくさい=ゴーン氏にかけられた疑いもうさんくさい」という印象操作に、まんまと日本側が放った「反論」も一役買ってしまっているのだ。

と聞くと、「ちょっとした言い間違いで日本を貶めやがって!」と怒りで我を忘れそうな方も多いかもしれないが、ゴーン氏の代理人の指摘はかなり本質をついている。

ほとんどの日本人は口に出さないが、捜査機関に逮捕された時点で「罪人」とみなす。そして、そのような人が無罪を主張しても、「だったら納得できる証拠を出してみろよ」くらい否定的に受け取る傾向があるのだ。

森法相も同様で、あの発言は言い間違えではない。もともと弁護士として立派な経歴をお持ちなので当然、「推定無罪の原則」も頭ではわかっている。しかし、世論を伺う政治家という職業を長く続けてきたせいで、大衆が抱くゴーン氏への怒りを忖度し、それをうっかり代弁してしまったのだ。

なぜそんなことが断言できるのかというと、我々が骨の髄まで「推定有罪の原則」が叩き込まれている証は、日本社会の中に山ほど転がっているからだ。

■「被疑者が無罪を証明すべき」ズレている日本の感覚

例えば、森法相が生きる政治の世界では2010年、小沢一郎氏にゴーン氏のような「疑惑」がかけられた。マスコミは、起訴もされていない小沢氏周辺のカネの流れを取り上げ、逮捕は秒読みだとか、特捜部の本丸はなんちゃらだとお祭り騒ぎになった。いわゆる陸山会事件だ。

では当時、日本社会は「疑惑の人」となった小沢氏にどんな言葉をかけていたのか。民主党のさる県連幹事長はこう述べている。

「起訴されれば無罪を証明すべきだ」(朝日新聞2010年4月28日)

ワイドショーのコメンテーターたちも、渋い顔をして似たようことを述べていた。新橋のガード下のサラリーマンも、井戸端会議の奥様たちも同様で、日本中で「小沢氏は裁判で無罪を証明すべき」のシュプレヒコールをあげていた。

日本人としては認めたくないだろうが、この件に関して国際社会の感覚からズレているのは、ゴーン氏の代理人ではなく、我々の方なのだ。

「図星」であることを指摘されてムキになって正当化することほど見苦しいものはない、というのは世界共通の感覚だ。

以全文は下ソース先で

■痛いところを突かれて逆ギレする
■国際人権団体も日本の司法を批判

2020.1.16 5:35 ダイヤモンドオンライン
https://diamond.jp/articles/-/225890

(出典 dol.ismcdn.jp)


★1が立った時間 2020/01/16(木) 07:56:19.79
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